中学1年生の頃、クラスの野球部のやつから付けられたあだ名が「河童」だった。まだ1学期のことだ。大人になってからはあっという間に感じる時間も、中1の1学期はやたらと長い。
50m走が10秒台だった自分は、舐められないためにバレー部に入った。けれど、国語の教科書に「河童と蛙」という詩が載っていて、その野球部のやつは面白がって「お前、河童っぽいな。おい、河童ー!」と呼ばれるようになった。そうして、そいつからのあだ名が「河童」になった。
あまりにも不憫だったのか、そのあだ名は結局、定着はしなかった。千葉の田舎の昭和生まれでも、少しくらいは優しさがあったらしい。
そのストレスをどこにぶつけていいかわからず、俺は家の勉強机に鉛筆で、そいつや他に嫌いなやつの名前を、鉛筆が折れるまで何度も書き殴った。デスデスク。後に、ノートに移行することになる。デスノートの連載が始まる、3年も前のことだった。
時は過ぎ、浪人を経て大学生になり、先輩の紹介で個別指導の塾講師のバイトを始めた。
担当した小学生男子は、鞄の中にチワワを入れて塾にやってきた。もちろん、ほとんど授業にはならなかった。「なんなんだコイツ」と思いながらも、なんとか授業をした。
次の週、その少年はDSを持ってきて、授業中ずっとゲームをしていた。やっていたのは、チワワのお世話をするゲームだった。
「それ、チワワ飼えない人がやるゲームじゃないのか?」と思いながらも、授業を続けた。
すると、その子がふと「先生はなんでそんなに髪が長いの?」と聞いてきた。
坂本慎太郎や中島らもの影響で、当時の自分は髪が長かった。でも、そんなことを説明しても伝わるはずがないから、「なんでだろうね〜」と適当に流した。
するとその少年は、笑いながら言った。「河童みたいだね」帰る頃には、同級生たちに「あの先生、河童みたいじゃね?」と言いふらしていた。
るんるんるるんぶるるん。つんつんつるんぶつるん。
もうその唄もきこえない。
沼の底から泡がいくつかあがってきた。
「河童と蛙」より
次の週、個別指導の塾講師を辞めることにした。我々河童は、こうやって人間たちに嫌われてきたのだ。
河童豆知識
河童の腕は中でつながっているので、片方を引っ張ると、もう片方の腕が引っ張った分だけ縮む。